Biography

Nita Straussはその卓越したギターテクニックによってガレージから世界のステージへと上りつめ、そのプレイによって彼女を目撃した全ての人々に忘れ得ぬ印象を与えている。そんな若きスターNitaは世界有数のロックシティーであるロサンゼルスにおいて、ロック史上でも最も退廃的で刺激的な時代である80年代半ばに生まれた。Nitaの音楽的な家庭環境は彼女のミュージシャンとしての成長に大きな影響を与えており、彼女は幼くして父親からギターをプレゼントされた。音楽はStrauss一家に深く根ざすものであり、その家系をたどるとかの有名な作曲家ヨハン・シュトラウスへとつながる。
若くしてNitaはその家庭においてあらゆる音楽と接しており、それは家族全員が共有するものであった。「私の父もミュージシャンだったし、私は完全に音楽家系出身なのよ」と自身が語るように、その音楽的な土壌が彼女の世界的レベルのプレイヤーへの成長に重要な役割を果たしたのは疑いの無いところである。しかし音楽一家に育ったとはいえ、Nitaがギターへの愛に本格的に目覚めるのはあるきっかけがあってのことだった。それは映画「クロスロード」におけるRalph Maccioと天才ギタリストSteve Vaiとの対決シーンで、その瞬間Nitaはインスピレーションを受けたのだ。「クロスロードを観た時よ。Steve Vai対Ralph Maccio。その時、”これが私のやりたい事よ!”って思ったの」と彼女はその時を振り返る。
Nitaは最も影響を受けたギタリストとしてMarty Friedman、レガート職人Shawn Lane、そして勿論Steve Vaiを挙げている。幼少時にVaiを観た時に受けた印象が彼を彼女にとって最高のプレイヤーにしたことは明らかだ。Nitaの高速プレイと正確さは彼女の影響が速弾きギターの分野から来ていることを明らかに示している。しかしながら、速さとハーモニックフレーズだけではなく、彼女は多くのいわゆる速弾きギタリストが持っていないハーモニー感覚とフィーリングを持っており、まさに彼女こそが「オールラウンドギタリスト」であると言えよう。
13歳にして、NitaはLA界隈でプレイするようになり、やがて2010年にはAs Blood Runs Blackとともに世界ツアーを行い、カリフォルニアのBamboozle West festivalへの出演も果たした。その後Jermaine Jackson、そしてMichael Jacksonのバンドメンバーとともにアフリカのスタジアムツアーを行った後、女性のみによるIron MaidenのトリビュートバンドThe Iron Maidensに加入し、さらに脚光を浴びることになる。Nitaはゲーム音楽のトリビュートバンドCritical Hitともレコーディングを行い(Critical Hitでは数曲のビデオにも登場している)、Heroes Of The Storm(Blizzard)や、グラミーにもノミネートされたメタルギア ライジング リベンジェンス(コナミ/プラチナゲームズ)といったゲームのサウンドトラックにも参加した。その活動のレパートリーは彼女のミュージシャンとしての能力の多様性を示すものであり、彼女の才能がますます多くのプロジェクトにおいて生かされることを望む機運は着実に高まっていった。
2014年はNitaにとってまさに飛躍の年となった。彼女はKISSの創設メンバーであるPaul StanleyとGene Simmonsが所有するアリーナフットボールチームL.A. KISSの専属ギタリストの座に就いたのだ。状況はさらに好転し、6月には誰もが羨むAlice Cooperバンドの第三のギタリストのポジションを獲得した。
Guitar World誌はNitaを「知っておくべき10名の女性ギタリスト」のトップに選出しており、そのハイレベルなパフォーマンスによってLAのシーンに不可欠なミュージシャンとなった彼女は数多くのセッションで活躍している。もはや今後彼女が世界でも有数の忘れがたい女性ギタリストの一人となるであろうことに疑う余地はない。

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